楽しく仕事をする方法:英語名言(和訳付き)


■楽しく仕事をする方法:英語名言(和訳付き)

こんにちは。上田真司です。
本日もサイトにご訪問下さり、ありがとうございます。

こちらの記事 ( > 仕事を楽しくする方法 ) で ご紹介致しました
クロード・ホプキンスの 楽しく仕事をする方法 の「英語の名言」を、
和訳付きで 紹介いたします。

Up to the age of six or seven I was surrounded
by college students at play.

I knew nothing of the serious side of student life,
but I saw all the college pranks.

Thus I gained a rather firm idea that all life was a playground.

This section foreman reversed that idea.
He impressed me with the difference between him and his helpers.

6,7歳になるまで、私の周りには、遊んでいる大学生が沢山いた。

私は、学生生活の大変さは知らなかったが、
ふざけて遊んでいる学生は沢山をみてきた。

こういうことから、
私は人生は遊び場ような所だと、固く信じていた。

この考え方は、鉄道保線区の作業長によって覆された
彼は、自分と部下の違いについて教えてくれた。

 

The helpers worked from necessity.
They did as little as possible.

They counted the hours to quitting time,
then on Saturday nights they would go to the city
and spend all they had earned in the week.

The foreman worked with enthusiasm.

彼の部下は必要があれば働いたが、できるだけ働かないようしていた。

部下たちは、仕事が終わるのを待ち望み、
週末は、街に繰り出し、稼ぎを全て使い果たした。

一方、作業長は仕事に情熱を持っていた。

 

He said:

“Boys, let us lay so many ties today.
Let us get this stretch in fine shape.”

The men would go at it stoically,
and work as though work was a bore.

But the foreman made the work a game.

「みんな今日は枕木を沢山ならべよう!
この線路をキレイに整えよう!」と彼は部下に命じた。

部下たちは、特に何の感動も示さずに持ち場にいき
退屈そうに働いた。

ところが、作業長は仕事をゲームとみなしていた。

 

That man built his home in the evenings,
after ten-hour days on the railroad.
He cultivated a garden around it.
Then he married the prettiest girl in the section,
and lived a life of bliss.
Eventually he was called to some higher post, but not
until I learned great lessons from him.

作業長は、10時間働いたあと、夜は時間に自宅の建設に取り組んだ。
そして、家の周りには、庭をつくった。

彼は地区で一番美しい女性と結婚し、幸せな人生を送った。

あとになって、彼は昇進し高い地位についたが、
そうなる前の彼からも、私は様々なことを学んだ。

 

“Look at those boys play ball,”
he said.
“That’s what I call hard work.
Here I am shingling a roof. I am racing with time.
I know what surface I must cover before sunset to fulfill my stint.
That’s my idea of fun.”

彼は以前にこう教えてくれた。

「ボール投げをしている少年たちをみてごらん。
僕にとってあれは、大変な労働だ。

今、僕は屋根をつくっているが、ここで時間とおいかけっこしながら、
自分でやるべき仕事を決めて、日が沈む前にやり切る。
これが僕にとっての遊びなんだ。」

 

“Look at those fellows whittling, discussing railroads,
talking politics.

The most that any of them know about a railroad
is how to drive a spike.

They will always do that and no more.

Note what I have done while they loafed there this evening?
built most of the porch on my home.
Soon I will be sitting there in comfort,
making love to a pretty wife.

They will always be sitting on those soap boxes
around the grocery stove.
Which is work and which play?”

「あそこにいる部下たちをみてみなよ。
彼らは、木を削ったり、鉄道の話や、政治議論に花を咲かせている。

そして、鉄道に関しては、クギを打つことくらいしか知らない。
いつもそれ以上はやろうとしないんだよ。

みんながたむろしている間に、私はなにをしたと思う?

家にあるポーチをほとんどつくってしまったよ。
もうすぐ、そこにゆったりと座って、
かわいい奥さんと楽しくすごすんだよ。

一方、部下たちはいつも食料品店のストーブのそばにある箱に座っている。
どちらが労働で、どちらが遊びだろう?」

 

“If a thing is useful they call it work,
if useless they call it play.

One is as hard as the other.
One can be just as much a game as the other.
In both there is rivalry.
There’s a struggle to excel the rest.

All the difference I see lies in attitude of mind.”

「ある行為が、役に立てば仕事を呼ばれて、
役に立たなければ、遊びと呼ばれる。

それぞれ同じくらい難しい。
また、どちらもゲームのように楽しむことができる。

そして、どちらにも競争がある。
どちらも、抜きんでようと思うと大変だ。
僕が思うに、仕事と遊びを分ける違いは心構えにあると思うんだよ。」

 

I never forgot those talks.
That man was to me what James Lucey was to Calvin Coolidge.

I can say to him now, as Coolidge said,
“Were it not for you I should not be here.”

私は、これら会話を決して忘れないだろう。
彼は、私にとっては、カルビン・クーリッジ大統領の
ジェームス・ルーシーのような人物だ。

※訳注:カルビンクーリッジ大統領は、第30代アメリカ大統領、
ジェームス・ルーシーは、カルビン・クーリッジ大統領と
同郷の靴修繕屋の親友で、大統領になるのを応援してくれた。

大統領がいったように、今、私は彼にいうことができる。
「あなたがなければ、私の今はなかった」と。

 

In later years I became a director
of the Volunteers of America and made a study of life’s derelicts.

I studied them in the soup kitchens, in prisons and on parole.
Their great trouble was not laziness, but too much love of play.
Or, rather, a wrong idea of play.

後年になって、私は、ボランティアオブアメリカの理事になり、
人生の落後者の人々を研究することになった。

私は、無料食堂に集まる受刑者や仮釈放中の人たちを観察した。

その結果、彼らの最大の問題は、怠惰なことではなく、
彼らは遊びが好きすぎるか、遊びについて間違った考え
を持っていることに気付いた。

 

Most of them had in their youth worked every waking hour.
But some worked at ball-throwing while others hoed the corn.

それぞれみんな若いころから毎日忙しく働いていた。
ただ、それが、キャッチボールだったものもいれば、
トウモロコシ畑を耕すものもいた。

 

Some pocketed balls while others pocketed orders.

Some of their home runs were recorded in chalk
while others’ were carved in stone.

All the difference lay in a different idea of fun.
I came to love work as other men love golf.

ボールをポケットに入れるものもいれば、
注文をポケットに入れるものもいた。

チョークでホームランの記録をかきこむものもいれば、
立派な石碑に名前を刻むものもいた。

違いは、遊びについての考え方による。
私は、人がゴルフを愛するように仕事を愛した。

 

I love it still. Many a time I beg off from a bridge game,
a dinner,or a dance to spend the evening in my office.

I steal away from week-end parties at my country home
to enjoy a few hours at my type-writer.

いまだに、その気持ちは変わらない。
よくブリッジゲームや夕食、ダンスを断り、
楽しい夜をオフィスで過ごしたものだ。

週末も、自宅のパーティーを抜け出し、
楽しい数時間をタイプライターの前で過ごした。

 

So the love of work can be cultivated, just like the love of play.
The terms are interchangeable.

遊びへの愛情と同じように、仕事への愛情も育てることができる。
この二つの言葉は交換可能だ。

 

What others call work I call play, and vice versa.
We do best what we like best. If that is chasing a polo ball,
one will probably excel in that.

If it means checkmating competitors,
or getting a home run in something worth while,
he will excel in that.

私は、人が仕事と呼ぶものを遊びと呼んだ。その逆の人もいる。
人は、好きなものには、存分に力を発揮できる。

ボールを追うのが好きなら、上達するだろう。

チェスで相手を負かしたり、ホームランを打つのに価値を感じるなら、
そのことに習熟するだろう。

 

So it means a great deal when a young man can come to
regard his life work as the most fascinating game that he knows.
And it should be.

The applause of athletics dies in a moment.
The applause of success give one cheer to the grave.

だからこそ、若者が、自分の仕事を最も魅力的な
ゲームとみなすことが大切なのである。そして、そうすべきなのだ。

遊びでの拍手はすぐに鳴りやむが、
価値ある仕事への拍手は、生涯にわたり喜びを与えてくれるのだから。

 

以上、楽しく仕事をする方法の英語名言(和訳付き)でした。

原文にふれることで、よりダイレクトに成功者の心が、
伝われば嬉しく思います。

本日も最後までお読み下さり、ありがとうございました。
 
上田真司

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