ベストセラー貧しいリチャードの暦を発行


【其の93】貧しいリチャードの暦発行の裏側

この計画について、今、覚えているのは 前回に伝えたぐらいだが、
その他に 記憶に残っているのは、2人の青年に この計画の1部分を
話したところ、その2人が 熱心に賛成してくれたことである。

しかし、その頃の私は、まだ生活も苦しかった為、あくせく働か
なければ ならなかった為、すぐに計画を 推し進めようと、積極的に
動くわけには いかなかった。

その後も、公私さまざまの用事が重なってしまい、 計画の実行が
延び延びとなってしまった。

そして、ついには、実行されないまま 現在に至っている。

 

今となっては、このような計画を遂行し続けるために、必要な気力も、
体力も、自分には なくなってしまった。

けれども私は、今もなお、これは実行可能な計画であり、多くの
善良な市民へと 教育し、育てるのだから、大いに有益なことだった
であろうと 考えている。

また、この計画の規模が、一見 とんでもなく大きいからと言って、
私は、少しも圧倒されることはなかった。

なぜかと言えば、相当の才能のある人物ならば、最初に素晴らしい
計画を立てて、自分を堕落させたり、集中力を奪うような娯楽や、
他の事業などには 一切 目もくれず、計画を遂行することに集中する。

その状態を維持する限り、必ずや 人類を より良い進化へと導き、
偉大な事業を 成し遂げることが出来ると、私は、考えているからだ。

 

1732年。私は、リチャード・ソーンダーズという名前で、初めて
暦(こよみ)を出版し、その後、約25年間 これを発行し続けた。

暦(こよみ):日本で言えば、カレンダーのような物を指す。

だが、、一般には 「 貧しいリチャードの暦 」 の名で知られていた。

私は、貧しいリチャードの暦の名で 知られていることに対して、
とても面白くも感じていた。

また、貧しいリチャードの暦を、役立つものにしようと 思考錯誤
して作り上げたこともあり、売れ行きも好調で、年々1万部近くも
売れ、それに比例して 利益もアップした。

地方の町でも、貧しいリチャードの暦が置かれていない、購読して
いない地域は ほとんどないぐらい普及しているのを見て、私は、
次のように考えた。

 

貧しいリチャードの暦は、他の本など あまり買わない人々の間に、
教訓を伝える ちょうど良い手段になる
と思った。

そこで、暦の中の特殊の日と日との間にできる、わずかな余白を
コトワザ風の言葉で埋めることにしたのだ。

そのほとんどは、勤勉と節約の徳目が、富を築く最善の方法である。

だからこそ、それらの徳を 完全に身につける手法でもあることを
解説したものであった。

なぜならば、「 空の袋は 真っすぐに立ちにくい 」 ように、
人は、貧乏な時であるほど、いつも 正直に、健全に生活することは
簡単ではないのだから。

<浪費癖を直す唯一の方法 / 偉大なる人生の教訓>

by 上田真司

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