20歳で巨万の富を築いたビジネスアイデアの裏側


【其の65】20歳で巨万の富を築いた ビジネスアイデア

自伝の続きの原稿の執筆を始める。
1784年、パリーの近郊パシーにて。

このような 暖かい手紙 を受け取ってから、随分と時間が経過した。

暖かい手紙とは、
 エイベル・ジェイムズ氏、ベンジャミン・バォーン氏の2人が、
 自伝への称賛の声を 手紙に書き綴って、フランクリン宛に送った
 手紙のことである。

しかし、今まで 目が回るほど忙しくて、手紙に書かれてあるような
ご要望に お応えすることは、考えることさえも出来なかった。

それに、自伝の続きを執筆するのであれば、記録などの資料が
揃っている故国で書くと、何かと都合も良く、効率も良い。

自伝の執筆が、とてもスムーズに運べるのだ。

こちらにも記録があれば、思い出せない部分を補ってくれるし、
正確な日時なども確かめることができる。

 

しかし、故国には、いつ帰国できるか全く見当もつかない。

ただ、今は 少しばかり 時間が取れたので、記憶をたどりながら
出来る限り 続きを書いてみることにしよう。

もし生きて、故国に帰国することができたら、資料が豊富に揃って
いるので、訂正 加筆することにしよう。

 

今、前に書いた資料の写しが手元にないので、フィラデルフィア
組合図書館について、書くことにする。

そう。初めは小さかった この組合図書館であったが、今では
とても大きく、立派な図書館になっている、フィラデルフィア
図書館である。

この図書館を、私が、どのように考え、どのような方法で建てたか、
その経緯を話すことにしよう。

既に、息子のお前には、話したかもしれないが覚えていない。

 

しかし、なんであれ、この仕事の話のあたり(1730年)まで
書いたように思うので、ここでは、この図書館の話から始める
ことにする。

もし、以前にも話していたならば、この部分はカットしよう。

私が ペンシルベニアで開業した当時、ボストン以南の植民地には
本格的な本屋は 一軒もなかった。

現に、ニューヨークや、フィラデルフィアでも、印刷屋が同時に
文房具屋を兼務していたが、扱っているモノといえば、
紙、カレンダー、流行歌、ありふれた教科書2、3種 ていど。

そのため、読書を好む人は、イングランドから取り寄せるしか
なかったのだ。

 

ジャントー・クラブの会員は、各自 ある程度の書物庫を
持っていた。

私たちは最初は、ビール店で会合していたのだが、その中に、
一部屋を借りて、そこをクラブの集合場所とした。

そして、その部屋い、各自 自分の本を持ち寄ることにした。
そうすることで、クラブで議論する時に、その場で調べることが
できるだけでなく、家で読みたいと思う本も 借りることもできる。

 

それは、双方共に メリットもあり( WIN = WINの関係 )、
とても 都合の良いことではないか?
 と 私は提案した。

当時、本好きの人であれば、このような 悩みを抱いている人は
とても多かった。
しかし、私のような ビジネスアイデアを持って
いる人は、誰も いなかったのである。

その為、このようなビジネスアイデアは、とても 画期的であり、
また、似たような商売や サービスを、どこも行っていなかった。

そのため、しばらくは、皆を満足させることが出来た。

<人生の喜びとは? / 0円で教養を高める方法>

by 上田真司

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