物事の本質を見極める極意


【其の36】物事の本質を見極める極意:トライデンの詩句

先に、ロンドンで印刷した 私のパンフレット
( 自由と必然、快楽と苦痛についての論 )では、ドライデン
の次の詩句

トライデン:イギリス17世紀後半の重要な詩人・劇作家・批評家。

「 存在するものはすべて正しい。しかし、
半盲の人間は 鎖の一部、もっとも近い環のみを見て、
上にあった 全てのものの 釣り合いを取っているかの
平衡の棹(さお)には、眼が届かぬ。」

【未公開資料から引用・解説】

人間は、見たいモノしか 見ない生き物である。

そのため、本来、存在する全てのモノ( 情報 )を
目で見て キャッチしているはずなのに、
目の前にあるモノ、見たいモノしか見ていない。

その証拠に、今から簡単な質問をします。

彼、彼女は、今日 どんな洋服を着ていましたか?
また、その洋服の色は 何色でしたか?

朝、旦那さん、奥さんは、どのような服を
着ていましたか? そのデザインや、カラーは?

もし、旦那さんが 仕事でネクタイを着用している
のであれば、旦那さんは、朝、何色のネクタイを
して行きましたか? その柄は?

もし、職場で 椅子や机を使っているのなら、また、
作業を行うテーブルなどを 使っているのならば、
その 色や形、素材、柄は ハッキリと分かりますか?

というように、人間は、ごく一部の情報しか キャッチ
していない。それゆえに、目の前のモノ、見たいモノの
先にある 物事の本質を見極めることが出来ない。

この詩句を、書物などに 表題として掲げ、
無限の智慧、仁慈、力などの 神の属性から考えて、
この世には、「悪」というモノは ありえない。

智慧とは:
 御本尊と正面から向き合い、仏道修行する中で、仏様の命の
 境涯(仏界)に縁して、自身の心(命)にも在る「仏界」を
 認識していくことであり、知恵とは異なる。

「知恵」とは、あらゆる学問などを通じて 培った「知識」を、
長い人生において、さまざまな苦悩、迷い、困難に直面した際、
実践・経験を通じて、自身の血肉にしたもの。

 

美徳とか、悪徳とかいうのは 空しい区別であり、
そんなモノは 存在しないのだ。と結論した。

が、今ではそれが、前に 思ったほど 気のきいた論文とは
思えなくなり、形而上(けいじじょう)の 推論によくあるように、
私の議論にも、気がつかない中に 誤りが入り込み、それにより、
後の部分も、すべて 間違ったのではないか? と 私は思った。

形而上(けいじじょう):形をもっていないもの。

 <最短距離で目標達成する方法 / 真の幸せになる方法>

by 上田真司

このエントリーを含むはてなブックマーク Buzzurlにブックマーク livedoorクリップ Yahoo!ブックマークに登録

以下の記事も読むと、さらに成功習慣が身に付きます

タグ

トラックバック&コメント

この投稿のトラックバックURL:

コメントをどうぞ

このページの先頭へ