カトリック信者の慈善活動


【其の25】カトリック信者

以前は、一般に、上流階級と呼ばれる人たちとの間で
暮らすことが多かったので、遠くチャールズ2世の頃からの
有名人たちの逸話を、私は無数に知っていた。

痛風で膝をやられて 足が不自由であったから、めったに部屋を
出る事がなく、そのため、話相手が欲しくなることがあった。

しかし、彼女の話相手をするのは 大変に面白かったので、
「来て欲しい」という夜は、私はいつも決まって
彼女の相手をして過ごしたのだった。

そんな時、私たちの夕食は薄くバターを塗ったパン一片と、
イワシが半分ずつ。

それに、2人でビールが1.5合。

 

たった これだけの夕食だったが、彼女の話こそがご馳走なのだ。

私は 夜遊びをすることもなければ、家の人に迷惑をかける
ことも ほとんどなかった為、彼女は 私を他の所へ行って
欲しくないと思い始めた。

そのため、ある時、勤め先に もっと近い所で 週2シリングで
下宿させてくれる家があると聞いたので、それを口にすると、

「 これからは週2シリング割り引くから、
そんなことは考えないで欲しい」

と彼女は私にお願いしてきた。

 

その後、ロンドン滞在中は、私は週1シリング6ペンスで
彼女のところへずっと下宿していた。

この家の屋根裏には、70歳になる未婚の婦人が住んでおり、
全く世間から離れた生活をしていた。

宿の女主人は、この婦人について次のような話をしてくれた。

この婦人はカトリック信者で、若いころ外国に連れていかれ
尼さんになる考えで尼寺に入った。

 

しかし、風土が身体に会わないのでイングランドに帰り、
イングランドには尼寺がないので、このような環境の中で
出来る限り尼さんに近い生活を送ろうと誓った。

そこで、全財産を慈善事業に寄付し、ただ生活費として年に
12ポンドだけのお金を残しておいた。

だが、このわずかなお金さえ、その大部分を恵みを与える
事に使い、自分は水粥だけで生活し、その粥を煮るほかには
火も使わなかった。

カトリック信者の彼女はもう長年この屋根裏部屋で暮らしていたが、
下の家を借りた、代々のカトリック教徒たちが、
この婦人にいてもらう事は、有り難いことだと考えた。

そこで、みなでただで彼女にいることを許したからである。

 

一人の司祭が、ザンゲを聞きに毎日カトリック信者の彼女を訪れた。

「そこで、私は聞いてみたんです」

と宿の主人は言った。

「あなたのような生活を送りながら、どうして私のような
罪の告白を聞く聴罪師に、用事があるのでしょうか?」

すると彼女はこう答えた。

「でも、悪しき思いを免れることはできませんので。」

私も一度許されてカトリック信者の彼女を訪ねた。
彼女は、明るく丁寧で楽しげに話した。

 

部屋の中はとても清潔でシンプルだった。

家具は一枚の敷布団と、十字架と聖書をのせたテーブル、
私に掛けるように進めてくれたイスと、聖ベロニカがハンカチを
広げて見せている絵が暖炉の上にかけてあるだけ。

ハンカチには血の流れているキリストの顔が不思議にも
記されていて、彼女は極めて厳然とした態度でそのいわれを
説明するのであった。

彼女は顔色こそ悪いが、病気をしたことは一度もないそうだ。

これが、いかに わずかな収入で、生命と健康とを維持する
ことができるか、という 証明
でもある。

 

ウオッツの印刷所で私は、ワイゲイトという才気のある青年と
知り合いになった。

彼には 金持ちの親戚がおり、教育も ほとんどの印刷工より高く
ラテン語とフランス語も操り、読書好きでもあった。

私は2度、テムズ河へ行って、彼と その友達の一人に水泳を
教えたが、2人はしばらくすると 上手に泳げるようになった。

彼らは田舎からきた数人の紳士を私に引き合わせた。

この人たちと一緒に船でチェルシーへ行き、
チェルシー王立病院を訪れ、その後、ドン・サルテロの
珍しい陳列品を見て帰った。

 

その帰り道、ワイゲイトが一同の好奇心を煽ったため、
みんなが しきりにやって見せろと 何度も要求するので、
私は着物を脱いで 川に飛び込んだ。

そして、チェルシー近くからブラックフライアーズ
(ロンドンの地名)まで泳いで、水面や水中で様々な
芸を演じて見せた。

すると、初めてみる芸ばかりでもあるためか、
みんな驚いたり嬉しがったりしていた。

 

私は子どもの事からこの運動が大好きで、テバノー(水泳家)
の泳法を学んで練習もした。

この泳法は、実際に役立つものばかりであり、しかも、
見た目にもキレイで楽々と泳いでいるように見える。

そんな工夫を、私自身が思考錯誤しながら加えたのだが
これを機会に一行の者に披露すると、しきりに感心してくれた
ので、気分爽快だった。

ワイゲイトは、研究題目が私と同じなほかに、水泳の達人に
なりたいと思っていたので、私に近づいてきた。

そしてしまいには、生活費は印刷の仕事で稼ぎだすことにして、
二人でヨーロッパ中を旅行しようではないかと言いだした。

<頭の回転が早くなる朝食 / 巨万の富を築いた方法>

by 上田真司

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