ベストセラー作家から学ぶ文章力アップ法


【其の17】文章力アップ法を、偉人から学ぶ

当時の私の主だった知り合いは、

 ・チャールズ・オズボーン
 ・ジョーゼフ・ウオットソン
 ・ジェイムズ・ラルフ

いずれも読書家であった。

最初の二人は、町でも有名な公証人、つまり譲渡証書作成人
チャールズ・ブロッグデンの書記で、もう一人は商店の店員だった。

 

ウオットソンは神仏を深く崇拝し、常識人で正直な青年だった。

他の二人は、宗教上の信念などむしろいい加減で、
特にラルフは、コリンズ同様、私の影響で宗教に疑いを持つように
なったが、そのため私は、この二人から酷い目にあわされた。

オズボーンは頭が良く、ざっくばらんで さっぱりした性格。

なおかつ、真面目で飾らない友達思いであったが、
文学上のことになると、必要以上にあら探しを好んだ。

ラルフは才人で、態度はおしとやかで上品、恐ろしく口達者だった。
私は、彼以上の弁舌家には会ったことがないように思う。

 

二人とも詩がとても好きで、短いものを試作し始めていた。

日曜日となると、私たち4人はよく一緒にスクールキル川近くの森へ
楽しい散歩に出かけ、そこでかわるがわる本を読みあっては、
読んだ者について話し合った。

ラルフは、いつまでも詩の研究を続けたいと考えていた。

詩作の方面で有名になり、それによって財産を築くこともできる
のではないかと思い、どんなに偉大な詩人でも、初めて書き出した
時には、自分と同じように間違いをしたに違いないと言い張った。

オズボーンは思い留まるように説得し、君には詩の才能はない
とハッキリ伝えた。

 

習い覚えた商売以外のことは、考えない方がいい。

商売の道ならば、資本はなくても よく働くし几帳面だから、
いつか認められて、代理商に選ばれるだろう。

そうしている間にも、独立して商売を始めるだけの資本も
溜まるからといって忠告した。

私としては、時おり詩を作って楽しむのは、文章力アップの手段
として賛成だが、それ以上はいけないと考えていた。

こうした文章力アップの意味もあり、この次に集まる時には、
各自 自作の詩を一篇ずつ持ち寄って、お互いに意見を述べたり、
批評したり、訂正しあったりして一層良いものにしよう。

という話も持ち上がったが、目的が主に用語と表現なので、
創作は全く考えないことになり、天帝エホバの降臨を
描いた詩篇、第18章を宿題にして翻訳することに決めた。

 

さて、作成した詩を持ち寄って集まる日が近づいたある日、
ラルフが私のところへ訪ねてきて、完成した報告した。

私は忙しいのと、あまり気が進まなかったので、
何もできていないと伝えた。

すると、彼は自分が作った詩を見せて 私の意見を求めた。

それは、相当な出来栄えに思えたので、私は手放しで褒めちぎった。

そう言うと彼は、「ところでだ」と話を変えた。

「オズボーンのヤツ、僕の作品は全て良い所があっても、
決して認めようとはしない。

逆に、妬みからあれこれとあら探しをしてくる。
だけど、君のことはそう妬んではいない。

だから、この僕の作品を持って行って、
自分のだと言って発表して欲しいんだ。

僕は、時間がなかったからということにして、
何も発表しないことにする。

そして、どんな批判をするのか、
ひとつ、ヤツの言う事を聞こうではないか。」

その意見に私も同意して、自分らしく見えるように速写し直した。
そして、約束のある日、私たちは集まった。

まず、ウオットソンの作品が読み上げられた。

それには良い所も多少あったが、それ以上に欠点も沢山あった。

 

次に、オズボーンの詩が読まれた。
ウオットソンの作品よりも遥かに優れていた。

ラルフは公平な批判をし、若干の誤りを指摘したが、
優れているところは、手放しで褒めちぎった。

ラルフ自身は、予定通り何にも提出しなかった。

そして、私はわざと尻込みして、許して欲しいといった
様子を見せて、直す時間が十分なかったものでと言った。

しかし、言いわけは許されるはずもなく、どうしても出さなければ
ならないことになった。それは、繰り返し読み上げられた。

 

ウオットソンとオズボーンは競争を思い諦め、
一緒になって褒めてくれた。

ラルフだけは若干の批判を試み、修正の箇所をいくつか
提議したが、私は自分の原文をかばった。

オズボーンはラルフに反対して、君は詩もダメだが
批評もダメと言ったため、ラルフは議論を打ち切った。

この2人が家へ帰る道中、オズボーンは私の作品だと
思いこんだ詩を熱心に褒めちぎり、さっきはお世辞を言っていると
私に思われるのがイヤなので、控え目に言ったそうだ。

「それにしても、一体誰が想像したろう。」と彼は言った。

by 上田真司

 

「フランクリンにあんな素晴らしい作品が書けるとは。
あの描写、あの筆力、あの情熱。原文よりかえってよくなっている。

あの男、ふだん喋る時には言葉を選ぶことなど全く知らないようだ。
話し方はなめらかでないし、大間違いもする。

それでいて、どうだ、書くものと言ったら。」

その次に集まった時、ラルフが 私と2人して、一杯食わせたことを
打ち明けたので、オズボーンは、みんなから少しからかわれた。

このことがあって以来、ラルフは詩人になる決心を固めた。

私は思い留まるように、あらゆる手段を用いて説得したが、ポープの
おかげで、迷いが覚めるまでは下手くそな詩を書くのを止めなかった。

けれども、形に捉われない自由な書き手としては、相当な人物になった。

彼については、また後で述べることにしよう。

 

しかし、他の2人については、述べる機会が ないかもしれないので、
ここで簡単に述べておく。

ウオットソンは数年後、私の腕に抱かれて死んだ。
仲間の中で一番いい人物であったから、私たちはその死を悲しみ嘆いた。

オズボーンは西インド諸島に行き、その地で著名な弁護士となり、
財産も作ったが、若くして死んだ。

私たち二人は先に死んだ者が、生き残っている者を親しく訪れて、
あの世の事情を知らせることにしようと、固い約束を結んでおいた。

しかし、いまだに彼は その約束を果たしてくれないでいる。

 

知事は、私を話し相手にするのが楽しいらしく、度々私を
自分の実家に招待したが、その度に、私を独立させる話はすでに
決まったこととして、話すのであった。

私は、印刷機や活字、紙などを買い入れる為に必要な資金を
引き出すための信用状のほかに、彼の友人数名に宛てた推薦状を
持って行く約束になっていた。

それらの書類を用意しておくから、指定した日時に取りに来る
ようにと何度か言われた。

しかし、いざ行ってみると、その度に改めて別の日時を指定される
のであった。

そうしている内に、船も何度か出港を延期していたのだが、
ついに出港することになった。

そこで、フィラデルフィア別れを告げ、同時に書類を受け取ろうと
思って知事の元へ尋ねると、秘書のバード博士が出てきた。

 

そして、次のように言った。

「知事は書きものでとても忙しい、しかし船よりも先に
ニューカースルへ下って行き、そこで渡す。」

ということであった。

ラルフは結婚しており、子どもも1人いたが、私と一緒に、
この航海を共にしようと決心していた。

彼は取引関係を作った上で、委託販売の品を持ち帰るつもりで
いるものと思われた。

 

ところが、後で分かったことだが、妻の身内の物に不吉なことが
起きたので、妻の面倒を全て身内の者におしつけ、自分は2度と、
アメリカへは帰らない考えだったのである。

私は友達に別れを告げ、リード嬢と2.3約束を交わしてから
フィラデルフィアを出発し、やがて船は、ニューカースルに
イカリを下ろした。

知事はこの地にいたが、私が宿所を訪れると、秘書をよこして
言うには まことに残念だが、極めて 重要な仕事にかかっているため、
今、お会いするわけには行かない。

しかし、書類は船へお届けする。

つつがない航海と速やかな帰国を心から祈る云々という。

鄭重この上もない挨拶である。私は多少当惑を覚えて船へ帰ったが、
それでもなお疑う気持ちは起こらなかった。

<人間理解の重要性 / 怒りを抑える出来ごと>

by 上田真司

このエントリーを含むはてなブックマーク Buzzurlにブックマーク livedoorクリップ Yahoo!ブックマークに登録

以下の記事も読むと、さらに成功習慣が身に付きます

タグ

トラックバック&コメント

この投稿のトラックバックURL:

コメントをどうぞ

このページの先頭へ