人間を理解する=よい人間関係を築く秘訣。


【其の16】人間を理解すること第一歩

これまで私は、印刷屋を開業する計画を フィラデルフィアでは
秘密にしてきたが、この時はなおさら人に話そうとしなかった。

なぜなら、もし、私が 知事を当てにしていることを人が知ったら、
私よりも、「彼」という人間を理解している 友達の誰かが、
その事を知ったら、「当てにしない方がいい」と 忠告しただろう。

と言うのも、これは後になって聞いた話なのだが、
彼は、約束は気前よくするのだが、一向に守ろうはしない
ということで、評判な男であったからである。

しかしながら、自分から頼んだ訳ではないし、相手から気前よく
話を持ちかけてくれたのだから、本気でない訳がないと思う。

そんな彼を、私は 世界中で一番いい人だと思い込んでいた。

 

私は、小さな印刷所を開くに必要な、物品目録を彼に差し出した。
金額は、私の計算では英貨で100ポンドばかりになった。

それを見て、彼は結構だと言ってくれた。

そして、私がイングランドへ行って その場で活字を選んだり、
その他の物や、品質の良いものを探すことにしたら、
より一層 都合がいいのではないかと、提案してくれた。

「それに、向こうへ行けば知り合いもできるだろうし、
図書や、文房具販売の取引関係を作ることもできるだろう」

そうできれば好都合だ、と私も同意した。

 

「では、アニス船長の船で行くように用意をしなさい」

この船は年1回の定期船で、その頃、ロンドン・フィラデルフィア間を
定期に往復していた、唯一の船だった。

しかし、出航までには まだ数カ月あったので、私は引き続き
キーマーの所で働いていたが、コリンズに借した お金のことが気になり、
バァーノンに催促されるのではないかと、絶えずビクビクしていた。

だが、数年間は催促されることもなく経過した。

言い忘れたが、初めてボストンからフィラデルフィアへ船で
来たとき、船乗りたちは釣りを始め、大量に釣りあげた。

それまで私は、肉は食べないという決心を固く守っていて、
この時も どんな魚にしろ 魚を捕るのは一種のいわれなき殺生だ
と考えていた。

なぜなら、魚は殺しても当然だと思えるような害を
人間に加えた事もなければ、また加える生き物ではないらだ。
私はこのような考え方は、とても自然だと思えた。

 

ところが、前は私も魚は大好物だったから、
このタチの揚げ立ての香ばしい匂いを嗅ぐと、
食べたくて食べたくてたまらなくなった。

一時は、信念と欲望との間をさまよっていたが、
魚の腸を開いた時、胃袋の中から 小さな魚が出てきたのを
思い出した。

そこで私は考えた。

「お前たちがお互いに食らい合っているのなら、
私たちも、お前を食べてはいけない訳はあるまい」

というわけで、私はタチを腹いっぱいに食べたが、
その後は、時々思いだしたように採食に変えるだけで、
一般市民と同様、魚食を続けることになった。

 

人間を理解してけばいくほど、理性のある動物、
人間とは、まことに都合のいい生き物である。

したいと思うことなら、何にだって理由を見つけることも、
理屈をつけることもできる
のだから…。

 

キーマーと私は、仲良く打ち解けて働き 順調であった。

というのも、彼は、私に独立する気持ちがあるとは、
夢にも思っていなかったからだ。

そのため、私たちの間で何度か口論が起こっても、
私は、いつものソクラテス流の論法を使った。

そして、幾度となく、当面の問題とはかけ離れているように
思える質問をしては彼を罠にかけ、しかも それをしながら次第に
問題点に導き、彼が返事に困り自己矛盾に苦しむように仕向けた。

 

次第に彼は、異様に用心深くなり、普通の質問に対しても、

「そんな事を聞いて、いったいどんな論争をするつもりだ」

と、あらためて聞いてからでないと、ほとんど、
返事もしてくれないようになってしまった。

しかし、この件以来、彼は 私の論争の才能を非常に高く買い、
自分は、新たに一宗派を開こうと計画しているが、
ぜひ、その仲間になって欲しいと本気になって言い出した。

自分が宗派の体系を教えるから、君は議論の相手を片っ端から
討論して、相手の説を打ち破って欲しい、というのである。

 

だが、彼が実際に、宗派の内容を説明しているのを
聞いてみると、面倒な問題がいくつも見当たった。

そこで私は、自分にも自分の流儀があるのだから、
ある程度、それを受け入れるものでなければ反対だと言った。

キーマーは、モーゼの法律制定のどこかに、
「汝髭の両方を損ずべからず」と書いてあるからといって、
髭を伸ばしっぱなしにしていた。

同じ理由で彼は、第7日(土曜日のこと)を
安息日として守っていたが、この2つが彼の宗派の内容の
重要なポイントであった。

 

私は、両方とも気に入らなかったが、肉食はしないという主義に
彼も賛成することを条件に、この2点を認めることに同意した。

すると、「私の体質では耐えられそうもない」と言ったので、
私はキーマーに「大丈夫、堪えられる」と励ました。

それどころか、肉食を止めれば身体はもっと健康になれる
と言った。

彼は元々大食いだったから、これを機会にひもじい思いをさせて
やろうと思ったのだ。彼は、私も一緒にするならしてもよいと言った。

そこで 私も肉食をしないことにし、2人はこの習慣を3カ月も続けた。

 

私たちの食べ物は、近所の女性に作ってもらいその都度
届けてもらえるようにお願いした。

私は前もって、魚肉も鶏肉も入っていない料理40種のレシピを
渡して、その通りに料理を作ってもらったのである。

この、気まぐれな思いつきは、安く済むので当時の私にとっては、
なおさら好都合であった。

何しろ週に一人前、英貨で18ペンスを超えることがないのだから。

私はその後、何度も四旬節を極めて厳格に守った。

 

四旬節が来ると、普通食を止めて菜食をはじめ、
四旬節がすむと、また菜食を止めて普通食に変える事をしたが、
なんの不便も感じなかった。

四旬節とは?
復活祭前日までの46日間~日曜日を除いた
40日間の食や行動を慎み、心身を清める期間。

 

そこで思ったが、このような習慣の変化を行うには
一歩一歩、徐々に行うのが効果的だという考えには、
対して意味はないと、私は思う。

このように、私は楽しく行っていたが、キーマーはかわいそうに、
ひどく参って、この計画に飽きてしまった様子で、
ご馳走がどうしても食べたくなり、とうとう焼き豚を注文した。

そして、食事を一緒にしようと、私と二人の女友達を誘ったが、
予定よりも早く料理が出され、その誘惑に打ち勝つことができず、
私たちがまだ来ないうちに、全て一人で平らげてしまった。

私はこの頃、チャンスと見るとリード嬢の気を引いてみた。

 

私は、彼女に対して 強い尊敬と愛情を抱いていたが、
相手も私に対して、気があると思われる素振りがあった。

しかし、私は長い船旅に出かけようとしていたし、
まだ2人とも、18歳を過ぎたばかりの若い者同士であるため、
しばらくの間、深入りしない方が賢明だと思った。

仮に、もし 結婚となったところで、私が帰ってきて、
望み通りに独立して、商売を始めてからにしたほうが
好都合であると、彼女の母は考えたのである。

それに、おそらく私の将来の見込みが、私自身が思っているほど
確かなものではないと、考えたのではないだろうか。

<最初の人生失敗 / 一流の文章力アップ法>

by 上田真司

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