社会的活動を本格的に始動


【其の107】遂に、社会的活動を本格的に開始!

■第8章■ 社会的活動

1739年。アイルランドで巡回牧師として有名だった、
ホイットフィールド氏(1714~70)が、フィラデルフィアへ
訪問してきた。

はじめは 説教を許した教会もあったが、牧師たちは 次第に
彼を嫌って 説教壇を提供することを拒んだ。

そのため、やむをえず ホイットフィールド氏は、野外で
説教を始めた。

その説教を聞きに集まる 各宗派の群衆の数は、たいへんな
モノであった。

私もその一人であったが、彼の説得力をもって力強く話す
様は、聴衆に多大な影響を与え、彼は「 君たちは生来なかば
獣であり、なかば悪魔である 」
と説いた。

 

いつも言葉は激しく、罵るにもかかわらず、説教を聞きに
集まった人々は、たいへん深く感心し おそれうやまう様すを
見ていると、いろいろ考えさせられるのであった。

やがて現れた 町の住民たちの態度の変化には、驚くべき
ものがあった。

というのも、今まで宗教については考えたこともなく、
まったく無関心だった人々が、急に、世界中が信心深く
なってきたかのように 人が変わったのだ。

夕方町を歩くと、どの通りでも、各々の家で賛美歌( 礼拝や
集会等で歌われる、神をたたえる歌のこと )を歌っている
のが 聞こえてくるのであった。

アメリカの植民地では、18世紀に入り「大いなる目覚め」
 と呼ばれる信仰の復活を見せた。

 だが、1730年代の中頃 ジョナサン・エドワーズが その
 中心となり、続いて1740年ごろ、このホイットフィールド
 の説教によって 進行復活の勢いは さらに増した。

 そして、瞬く間に、ニュー・イングランド全土に広がった。

 

しかし、露天で集合するのは天気の悪い時に困るため、
「 集会場を建てよう 」 という話が挙がった。

やがて、寄付金募集の係りが決められた。

すると、あっという間に敷地を求め、建物を建てるのに
十分な資金が集まった。

建物は奥行きが百フィート、間口が70フィートもあり
おおかた、ウエストミンスター・ホール(宮殿の一部)
くらいの大きさであった。

工事は、猛烈な意気込みで進み、予定よりもかなり早い
期間で完成した。

 

建物も 敷地も 保管人に財産権が与えられ、フィラデル
フィアの住民に 何か伝えたいことのある人なら、どの
宗派、どのような牧師であろうとも、これを使っても
差し支えない。

いや、もともと そういう人たちの為にあるのだから
と決定された。

つまり、この建て物は、ある特定の宗派が 都合の良い
ように使うために 作られたのではなく、一般市民のため
に建てられたものであるのだ。

したがって、もし、コンスタンチノーブルのアフティ
(マホメット教の僧)がマホメット教の伝道のため
伝道師を派遣してきたとしても、ここであれば、
説教壇が用意されている。

<世界初!消防組合の誕生 / 孤児院を設立するまでの軌跡>

by 上田真司

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