世界から尊敬される男の嫌な人との付き合い方


【其の103】フランクリンが教える嫌な人との付き合い方

私の提案は賛成を得られ、ジャントー・クラブの会員は、各々の
クラブ創設に着手したが、全てが上手くいった訳ではなかった。

結局、クラブ創設が上手くできたのは 5つか6つだけだった。

それらのクラブの名前は、バインとか、ユニオンとか、バンドとか、
それぞれ違った名前で呼ばれていた。

しかし、これらの従属的なクラブは、その会員にとって とても
有益であったばかりか、私たちにも 多くの楽しみと、情報と教訓
をもたらした。

さらに、何かある特別な場合に、一般の人々に働きかけようとする
私たちの目的を達成させるのに、大いに役立ったのである。

これについては、いくつか 実例をあげることにしよう。

 

私が出世の第一歩を踏み出したのは、1736年に州会書記に選ばれた
時で、その年の選挙には、私に反対する者は一人もなかった。

ところが、次の年、私が再び候補者にあげられた時には、
( 任期は1年で、議員の場合と同じく1年ごとに選び直される。)

ある新議員が、他の候補者を応援するために 長い演説をして
私に反対した。

しかし、結局 選ばれたのは私だった。

書記の地位は、書記としての勤めに対する報酬の外に、議員間にある
勢力を保つために、より一層 好都合な機会を得ることが出来る。

そのために議事録や、法文や紙幣の印刷、それに 概して言って
利益の非常に多い公共のための、臨時の印刷物などをとることが
できるので、私には、大きなメリットのある地位であった。

それだけに、私は、この新議員に反対されるのが嫌だった。

 

この新議員は、財産もあり 教養もある紳士で、才能もあった。
その為、先々では 州会で大きな勢力を振うだろうと思われていた。

事実、その通りになった。

だが 私は、気に入るように振る舞ったり、お世辞を言ったりして
彼に 取り入ろうなどという気持ちは、1ミリも無かった。

そのため、しばらくしてから、次のような嫌な人との付き合い方
を用いる事にして、味方に変えることに成功した。

その、嫌な人との付き合い方とは、

彼の蔵書に、ある 非常に珍しい本があると聞いたので、私は手紙を
書き、その本を読んでみたいのだが、4~5日間 借して本を貸して
頂く事はできないだろうか? と 頼んでみる。という方法である。

すると、彼は、スグに本を送ってきたのだ。

私は1週間ほどして、その厚情に感謝する旨の手紙を添えて返却した。

この 嫌な人との付き合い方を試したところ、それまで州会で会った
時には、向こうから 話しかけてくることは無かったのだが、
相手から 話しかけてくれるようになったのだ。

しかも、非常に真心がこもっていて、礼儀正しい態度であった。

そして、嫌な人との付き合い方を実践して以降、どんな時にでも、
私に対して 好意を示してくれたので、私たちは遂に、仲の良い友達
になり、2人の関係は 彼が死ぬまで続いた。

 

私が覚えている 古いコトワザに、

「一度 面倒を見てくれた人は、進んでまた面倒を見てくれる。
 こっちが恩を施した相手は、そうはいかない。」

という言葉がある。

これは、このコトワザが本当だ。ということを示す一例である。

これを見ても分かるように、他人の敵意のある行動を恨んで
やり返したり 報復したりするなど、敵対行為を続けるよりも、
どうやったら その問題を解決できるか、味方にできるか?

嫌な人との付き合い方は、どのようにすれば良いか、を 真剣に
考え 実行することのほうが、ずっと得策である。

<4歳の子供を亡くす辛い過去… / 信頼される人になる4つの条件>

by 上田真司

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