文章の表現力アップ法をベストセラー著者から学ぶ


【其の8】文章の表現力アップ法

同じ町に、ジョンコリンズという私と同じ本好きの青年が
住んでおり、私はその青年と自然に仲良くなった。

私たちは 時々議論をしたが、二人とも議論が大好きであり、
お互いに、相手を言い負かしたいと心から願ったものだ。

とは言え、この議論好きというもって生まれた気質は、
下手をすると、非常に悪い癖になりやすい。

というのも、この性質を現場で生かそうとすると どうしても
人の言うことに対して、反対しなければならなくなるからだ。

 

そのため、人づき合いの悪い人間になる傾向性があり、
人との何気ない会話を不快なものにしたり、その場の雰囲気を
ブチ壊してしまうこともある。

それだけではない。 友情が芽生えるかもしれない場合でも、
不愉快な気持ちを与えてしまい、時には、敵意をも抱かせる
可能性も少なくない。

私に、このような議論好きのクセが身に付いたのは、
父が所持していた、宗教上の論争の書を読んだからである。

その後、私はあらゆる人間を観察し 分析してきたが、
物事を注意深く 十分に考える人は、めったにこの悪い癖に陥らない。

法律家や大学出の連中は例外であるが。

 

ある時、何がきっかけだったか忘れたが、コリンズと私の間で、
女性に学問を修めさせることについて、適不適と 女性の学問をする
能力について、議論が巻き起こったことがある。

コリンズの意見は、
「それは不適当だ! 女性に学問の事はわかりづらい」
というのであった。

私は思うに、少しは議論のための議論からだったと思うのだが、
コリンズとは反対の立場をとった。

彼は、生まれつき私より口達者であるため、声に出したい言葉が
いくらでも口から出てくるので、議論に筋が通っていないとしても、
言葉に説得力があるため、言い負かされる場面もあった。

その時は ケリがつかないまま別れた後、しばらく会う機会がなかいため、
私は 自分の議論の筋道を書き記したものを、彼に送った。

するとコリンズからは、予想通り 私の主張や意見に対して反論し、
論文を書き綴ったものを、迅速に送ってきた。

それに対して私がまた書く。

 

これの繰り返しを3、4通やり取りしている内に たまたま私の書いた
文書を父が手に取り、その内容をじっと眺めていた。

父は、じっくりその文章を読んだ後、二人の議論の内容には触れず、
私の文章の表現力を批評しながら、次のことを指摘された。

つづりと句読の正しい点では、印刷所で働いていたおかげもあり、
相手よりも優っている。

しかし、気品の高い文章の表現力や、思考を整理する方法、
明晰さの点では明らかに劣っている、と言われ、
文章 表現力などについては 私も認めざるをえなかった。

私は、父の指摘している事が その通りだと悟って以来、
文章の表現力をより一層 気をつけるようになり、何とかして
文章が上手くなるように努力しようと、決心した。

この頃、偶然にも私は スぺクテイター紙の半端物を見つけた。

スぺクテイター紙(ロンドンで制作された日刊紙)

 

第3巻だったが、この新聞は今まで一巻も見たことがなかった。

私はこれをスグに購入し、何度も何度も熟読しているうちに、
次第にそれらの記事が面白く感じ、しかも 立派な文章の表現力だから、
できれば真似てみたいと、考えるようになった。

目的が明確になってからは、同紙の文章をいくつか選択し、
1つ1つの文の意味について、簡単な覚え書を作成した。

そして、それを数日間ほったらかしにしておいてから、
今度は本を見ずに、頭に浮かんでくる言葉を使って
覚え書にしておいた意味を引き延ばし、原文にできるだけ
近く表現しながら、元の文章に戻すことを試みた。

それから、原文と私の書いた文章とを比べながら
誤りがあればその都度 訂正した。

すると、すぐに私はある事に気がついた。

 

そう、自分がいかに言葉を知らないか、また知っている言葉でも
自由自在に思いだして 言葉にできないことに気が付いたのだ。

あの時に、もし 詩を作り続けていたら今頃は、言葉を自由自在に
操り 文章の表現力が身についていただろう、と思った。

なぜなら、詩を続けていたら、韻律(いんりつ)や押韻(おういん)の
関係で意味は同じでも、言葉の長さやリズム、音の違う単語が
たえず必要になるため、つねに様々な言葉を探し求めなければならない。

だからこそ、自然とその様々な言葉が頭に刻みつけられて、
リズムを作って 響きの心地よさや、美しさを作り出す文章 表現力を
身につけることができただろう。

そこで私は考えた。

スペイクテイター紙所載の物語を、いくつか選んで
形式の整った文章に改めておき、しばらくしてもとの文章を
忘れてしまったころに、これを原文に戻してみた。

時には、沢山作ってある覚書をごちゃまぜにしておき 数週間たってから、
それを、できる限り正しい順序に整えてから、その上で、
きちんとした文に綴り、読みやすい文章を作成することをはじめた。

これにより、私は、思考を整理する方法や文章力を学ぶことができた。

 

後で原文と比較すると、私の文章には欠点がいくつも見つかり、
訂正しなければならなかったが、たまに 言葉の使い方や表現の仕方が、
原文よりも読みやすいと、思える箇所もあり とても喜んだ。

これで文章のスキルを磨き、文章の表現力を身につければ、
そのうち、相当な文章家になれるのではないか?

と、考えるようになった。

いや、私は ぜひともそうなりたいと願っていたのだ。

このような練習や 読書にあてた時間は、仕事がはじまる早朝か、
仕事が終わった夜、もしくは、日曜日…

日曜日には、なんとか口実を作っては ひとり印刷所に残り、
仕事仲間と一緒に、礼拝に出かけるのを出来る限り避けた。

 

父のもとにいる間は、いつも父から日曜の礼拝に
出かけるようにと口うるさく言われ、自分自身も、
その頃はまだ、礼拝に出かけるのが義務だと思っていた。

しかし、どう考えても、時間の都合がつかないように思えた。

16歳の頃だっただろうか、何かの際にトライオンという人が書いた
採食奨励の本を読んで、これを実行しようと決心した。

兄は自ら望んで家を持たずに、奉公人と一緒に知人の家で
食事をとっていたので、私が「肉は食べない」と言い出したのは、
厄介千万な話で、お前は変人だと何度も叱られた。

私はトライオン式の料理法を覚えて、じゃがいもや米を煮たり、
早作りプディンを作ったり、2.3種の料理ができるようになった。

 

そこで私は、私の食費として毎週払っている金額の半分を
くれるなら、自分は自炊をしたいと兄に申し出た。

兄は、その申し出を快く承知してくれた。

そして、自炊をしてみると、兄のくれるお金が半分残る事が分かった。

その残ったお金は 本を買う足しにしたが、その他にも一つ、
伝えたいことがあった。

兄や他の連中が 食事のために印刷所を出ていくと、
私はひとり残って 軽い食事をすませた後、みんなが食事から
帰ってくるまでの時間を、勉強にあてることができたのだ。

しかも、食事を腹八分目にすると、たいてい頭が冴えわたり、
理解力がアップするので、私の勉強は何倍もはかどった。

 

ところで、私は計算が大の苦手なので、時々恥をかくこともあった。

私は、これではいけないと思い、そのころにもう一度コッカーの
「算術書」を取り出して実践してみたところ、誰に頼ることもなく、
最後の問題まで、スイスイと解くことができたのである。

また、セラーとスターミーの航海の本も読んだが、それには、
幾何学のこともいくつか出ているため、幾何学にも多少詳しくなった。

そして、この頃に ロック(哲学者)の「人間悟性論」や、
ポールロワヤル派の学者たちの「思考の方法」(論理学の書物)を
読んだものである。

 

こうして、文章の表現力を高めようと努力していた頃のこと、
ある日、一冊の英文法書「グリーンウッド」を偶然手に入れた。

その書籍の巻末には、
修辞法 (言葉を美しく巧みに用いて効果的に表現すること) と、
論理学の概要を述べた 短い文章が2つ掲載のっていた。

そして、論理学の法の最後には ソクラテス式論争法の
例が1つ掲載されていた。

そのあと、まもなくクセノフォン(ソクラテスの弟子)の
「ソクラテス追想録」を求めたところ、
その中に、この論争法の例が満載だった。

<常識を覆す商売成功の秘訣 / 敵を味方に変える上手な話し方>

by 上田真司

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